新潮11月号に作家の小池水音さんが、僕の本「わたしは、あなたとわたしの区別がつかない」の書評を書いてくれました。ありがとうございます。
僕は、僕のことを見ている。おおくは、家族と先生がよく見ている。なぜこれができないのだろう。なぜわからないのだろう。そして、どうしたら調整できるか考えている。これはきっと大半の発達障害の皆さんと周りがやっていることだ。
このあたりを誉めてくれて、とても嬉しいです。誉めてと書いてしまうと、なんだか薄っぺらいけど。
できないことを悲しまない。そんな間に、どうしたら良いか考える。それに対して、小池さんは次のように書いてくれました。
「自身を定規で計るかのような精緻な手付き。そして自罰からも、自己弁護からもはるかに遠い文章そのものが湛える静けさに、深く胸打たれた。「普通」と呼ばれる多くのひとびとはむしろ、鏡に映る限りの自分を観測し、闇の中にいる。わたしから目を逸らして生きている。」
小池さんの視線で見ると、すごく素敵だ。
今日、大雨の中で学校に行った。頭の中で降っている雨ではなく、リアルの雨だ。台風である。帰りは鞄も服もびしょびしょで、靴の中は魚が泳げそうに水が溜まった。でも雨が降っていないつもりで歩いた。大丈夫。もしかしたら静けさは『無いつもり』だからかも。
雨はみんなに見えるけど、僕の世界はわかりにくい。だから、見えても感じても、普段は言わない。 「自らを見つめるという営みの尊さを、それに要する勇気を避け難く伴う痛みを、読むものにありありと伝えている。」
そういえば痛いのかもしれない。しんどさは、いつもあるけど。僕らは、自分を卑下する力がはたらく瞬間がたくさんある。でもいちいち卑下していると、息ができなくなってしまう。だめだと言っては、落っこちてしまう。だからしないようにしている。上をみてる。
強くいたい。そう思っていることを、きれいな視線で見てくれて、ありがとうございます。僕は哲学みたいな世界で生きていたらしい。それは家族がこの書評を読んで言ったこと。
ほんとの僕は、わりとみっともない。みなさんが感じてくれる僕は、僕よりうんとかっこいい。僕の文章を読んで、僕の知らない僕を見つけて教えてくれる。これからも、ずっと世界を眺めます。
小池さんの書評を読むと、僕の本がとても読みたくなるので、みなさんも読んでみてください。
